ののわ

東京のまん中にあるライフスタイルを考える

地域の魅力を共有し、
暮らし方や働き方を見つめ直すことで、
この地域ならではのライフスタイルを探っていきます。

記事詳細

「まちの風景」をつくるとは、どういうことなのか。今回は、それぞれ独自の方法でまちの風景をつくっている2人のデザイナー、南雲勝志さんと団塚栄喜さんに、たくさんの事例を見せていただきながらお話を伺いました。

ののわトークセッション

第7回ののわトークセッション公開対談『まちの風景』

まちの風景は
記憶につながる

団塚 南雲さんのデザインするものは、ほっとするような形やネーミングで素朴でやさしい感じがします。それは意識しているのですか? 僕はついカッコつけて英語なんかにしちゃうんだけど。

南雲 僕も30代まではカッコつけてたけれど、40代になったら無理してやっても楽しくないし、ナチュラルなほうが楽だなと開き直りました。でも、手を抜いているわけじゃない。日本人としてのアイデンティティや文化、デザインに対してきちんとやっていきたいと思ったんです。海外を見て日本人として気づいたこともあり、新潟生まれの僕が長年つき合ってきたものを出していこうと。

団塚さんだって、つくるものは都会的だけど、出身は大分でしょ?

団塚 そうなんです。大分の島の生まれで、海も山も川もある、豊かな自然のなかで育ちました。それがつくるものに影響していると思ったことがあるんです。

僕が育った島のまわりの海は波が高くて、コンクリートの防波堤がありました。そこは魚やタコも手に入る場所で僕らの遊び場だった。そしていつの間にか、僕は「防波堤フェチ」になったんです。

考えてみると僕のデザインは、自然と人の中間的なところにある。そういう装置に惹かれている。ミニマムでシンプルなデザインであっても、そこに行ったり乗っかったりすると発見があり、自然を呼び起こしたりする。どこか防波堤のようになっているかもしれません。

団塚栄喜(だんづか えいき)
ランドスケープ・デザイナー。1963年大分県生まれ。環境美術研究所を経て、2000年アースケープ設立。ラゾーナ川崎、ららぽーと豊洲を始め、世界各地でアートワークを軸にした独創的なランドスケープ(風景)をつくり出している。
http://www.earthscape.co.jp

地域の人々とともに
つくり上げる

団塚 南雲さんは、杉を通じて「山とまちをつなぐ」「人と自然をつなぐ」ことをやっています。その距離をすごく近づけていることに感心しました。

南雲 行政や公的機関と仕事をすると、どうしてもありきたりなものになりがちです。それをクリアするには、「市民が50年もたせると言っているんだから、やりましょう」とタンカをきるくらいの覚悟が必要です。そのためには、ワークショップなどをひたすら繰り返して続けることが大切で、まわりに「これはもしかして可能かもしれない」と思わせてしまう。その状態をつくり出すのがたいへんですね。

団塚 つくり手の「人柄とセンス」も必要なんですね。

南雲 地域とのコミュニケーションは押しつけではうまくいきません。土地の人と一緒にその地域を知ることから始めます。地域に関わるということは、自分の地元と同じように顔見知りになって、お互いに育て合えるような関係になれるかどうかなんです。

団塚 ランドスケープデザインも、人が使ってなんぼのものです。人がいなかったら、風景じゃない。人が喜んだり泣いたりする感動に直接関わっているのですから、つくる僕らも感動を共有しないといいものにはなりません。

南雲勝志(なぐも かつし)
デザイナー。1959年新潟県生まれ。永原淨デザイン研究所を経て、87年ナグモデザイン事務所設立。宮崎県日向市駅周辺整備、姫路駅前広場など公共空間などの照明、家具デザイン、まちづくりに力を注ぐ。日本全国スギダラケ倶楽部*1代表。
http://www.nagumo-design.com/

「ののみち サカイ西」のこと

団塚 僕が関わっている「ののみち サカイ西*2」のプロジェクトについて、お話しします。これはコンペだったのですが、僕は何度もここを歩いて調べて、分厚いコンセプトブック『グリーンアーバンスタイル』をつくってプレゼンしました。

提案したのは、畑があり大地の記憶がそこかしこに残っている「武蔵野に戻ろう」というものです。高架になったJRは、武蔵境から西へ直線で1kmほどのメガスケールで強靭な構造物です。景観の邪魔に見えるかもしれないけど、僕には防波堤のような存在。それを夜も安心して歩け、広場や緑もあって、コミュニティ菜園もある楽しい場所にしていきたいと思っています。

一番大事にしたいのは人との関わりです。僕は完璧なデザインにするつもりはなく、最低限のしつらえをつくりました。言ってみれば、いい土をつくるのが僕らの仕事で、それを地域のみんなが耕し手入れをし育てて実らせる。だから、つくり込みすぎないように心がけました。

僕が関わり出して5年、今はまだ「点」ができたというところです。この先、点がすべてつながって完成したようになりますが、実はそれがスタートで、そこから生きもののように変貌していきます。僕の用意した土を使って、地域の人が好きなように育てたところで、初めてアートになります。アートはものではなく、記憶のなかにあると思うのです。

南雲 アートは後(あーと)にくるというわけだ。(笑)「高架下を効果(こーか)的に使おう」(笑)ではなく、駅やその中間領域などのいろいろな視点から考えたほうが、何か始まりそうですね。

(構成・文:中野照子)

<団塚栄喜さんの仕事>
1. アーバンドックららぽーと豊洲
船の形をした建築に対しランドスケープは、波のようにうねる床や珊瑚モチーフのベンチを点在させて海を表現。かつて造船所だった場の記憶を散りばめた。

2. KARESANSUI PARK
モーターサイクル駐車場。風雨から守るためのカバーをかけると石のようで、まるで枯山水。

3. 中央合同庁舎アートワーク
かつて江戸城の石垣があった場所をこの施設に入る大階段とし、蹴上げにこの場所400年の歴史を刻んだ。

4. ライフワークでもあるハーブマンのプロジェクト(MHCP)*3
その土地で採れる薬草を植えた人型のハーブガーデンをつくり、そのハーブを使った飲みもの、食べものを体験できるコンテナのカフェを併設。ハーブマンはトランク(コンテナ)を持ち世界中を旅している。

<南雲勝志さんの仕事>
1. 大槌町の屋台プロジェクト
東日本大震災で津波に流され何もなくなったところに、人々が集まる場所をつくろうと、居酒屋のおじさん、大工や漁師たちと一緒に屋台村をつくった。3台の小さな屋台は、仮設店舗ができるまでの半年間、みんなの居場所になった。

2. 軽トラ屋台(K-Moble)
軽トラックに装置を埋め込むことで、生産者と消費者を結びつける屋台になる。

3. 新潟・南魚沼では、経営的に行き詰まったショッピングセンターを図書館に再生。前からあるスーパーと医院を残して図書館を併設。地場の杉を使い、買いものついでにスーパーからカートを引いて入れる、地元ならではの素朴な空間になった。

4. 秋田駅西口バスターミナル
秋田杉でつくるおもてなしの待合場所。昔の雁木のようなつくりで、寒い冬も暖かく過ごせる。これは秋田の杉や限界集落を考えるワークショップやコンペを地元住民や学生と続けてきたことがきっかけで実現。

*1 日本全国スギダラケ倶楽部
戦後の植林によって杉だらけになった日本の山林をやっかいものにせず、木材としての杉の魅力を伝え、産地、加工者、流通、デザイン、販売、消費者を結びつけ、もっと積極的に使っていこうという活動。

*2 ののみち サカイ西
JR中央線三鷹駅から立川駅の連続立体交差事業を契機に生まれた高架下空間に、人やまち、未来へとつながる社会をつくり、心豊かな暮らしの実現を目指す「中央ラインモール構想」による新たなエリア。

*3 MHCP(Medical Herbman Café Project)
旅するハーブマンによって、人と自然をつなげる活動を行いながらハーブマン基金を集め、それが次の旅の資金(環境活動の持続)や、世界の貧困地域のプレイグラウンド制作、その他の環境活動に還っていくというプログラム。

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